1998年3月1日、名田島小学校での初練習会で産声を上げた山口サッカースクールが満28歳を迎えました。
28年の長きに渡り活動を続けてこれたのも現在籍選手・保護者様をはじめOB・OGのみなさん、サポーター様他、山口SSを愛し育て支えてくださった多くの皆様のおかげです。
あらためて感謝申し上げます。本当にいつもありがとうございます。
チーム創立前の山口市は、山口サッカークラブ(ヤマクラ)という名門チームがありました。
ヤマクラは、チーム開設9年目までに全国大会に8回出場しましたが、その後全国出場が遠のき20期生が卒業する1997年3月に解散が決定しました。
その時点で5年生21期の監督を務めていた加藤代表は、「せめて夢半ばの21期生が卒業するまでは続けさせてほしい」と山口市指導者協議会で訴え、望み薄とされた21期ではありましたがチャンスをいただきました。
「俺は弱い。でも俺たちは強い。」弱小と言われたチームでしたが必死で取り組み、迎えた全国大会県中央大会準決勝・決勝をともに奇跡の大逆転で勝利し11年ぶりの全国出場を決めたのです。
あの21期が全国大会へ出場し6チームグループで3位と健闘を見せた事実をもとに、加藤代表は全国をめざす山口の小学生のためにヤマクラを存続させるよう主張するも、一度決まったことは覆りませんでした。
そこで、急遽、全国をめざしたい小学生や少しでもレベルアップしたい選手のために、当時トレセン担当で山口県で唯一JFA公認少年少女指導員資格保有者の加藤代表(陶スポ少監督)が発起人となり中田先生(名田島スポ少監督)、西嶋先生(平川スポ少監督)、故松尾先生(大殿スポ少監督)らと一緒に多くの皆様の協力を得て立ち上ったのが山口SSだったのです。
最初は5人からのスタートでしたが、何とか6年生(1期生)16名と5年生以下で16名が揃い第22回全国山口ブロック大会に2チーム出場するも両チーム敗退しました。
ところが2期生が全国出場を果たすと9期生まで8年連続出場という前代未聞の記録を打ち立てました。その後10期、14期、19期、27期とチビリン、フットサルなどを入れると合計18回全国出場を果たし、昨年末には31期がU10の全国出場権を獲得し19回目の全国の舞台がこの8月訪れます。
3月4日(火)のジュニア・アカデミーTRの後、この山口SSのバトンをつなぎ、新たな未来へ挑戦する選手たちがYSSの記念日を祝してくれました。
チームを代表し、6年生(28期)キャプテンの浅井結太くんから加藤代表へ花束が贈られ、続いて5年生(29期)キャプテン三輪奏都選手からは記念品が贈られました。
それを受け、加藤代表から感謝が述べられると、みんなで記念撮影し、山口SSのさらなる発展を期するとともに未来への決意を新たにしました。
大変うれしく頼もしく、心強さを感じる瞬間でした。
この1年(29期)もみんなで力を合わせ、「可能性へのチャレンジ」を追う求めましょう。
これからもどうぞよろしくお願いします。










